「いつまでこの生活が続くのかしら…」
和子は、息子の閉ざされた部屋を見つめながら、ため息をつく。
31歳の息子・たくやが引きこもり始めて10年。毎日同じ光景の繰り返しだ。
「たくや、お母さん、お弁当買ってきたわよ」
いつものように返事はない。置いていった昨日のお弁当は、ほとんど手つかずのまま。
夫の浩一が帰宅する。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい。今日も早かったのね」
「ああ…たくやは?」
「いつも通りよ」
夫婦の会話は、そこで途切れる。
息子の話題を深く掘り下げることは、暗黙の了解のように避けている。
夜、台所で食器を洗っていると、隣家から聞こえてくる家族の笑い声。
和子の目に、涙が滲む。
「やっぱり、病院に行ってもらうべきじゃないのか?」
夫が珍しく切り出す。
「でも、前に話したときは、大喧嘩になって…」
「このままじゃ、将来が…」
言葉を濁す夫の表情に、焦りと諦めが混ざっている。
深夜、息子の部屋からゲーム機の音が漏れてくる。
和子は思わず、ドアをノックする。
「たくや、もう遅いわよ」
バタン!という大きな音。
「うるさい!ほっといてよ!」
久しぶりに聞こえた息子の声は、怒りに満ちていた。
翌朝、和子はパート先で同僚に愚痴をこぼす。
「息子さん、まだ働いてないの?」
「ええ…」
「うちの息子は先月から正社員になってね…」
その言葉が、和子の胸を刺す。
夕方、スーパーで買い物中、近所の主婦と目が合う。
すっと視線を逸らされた気がして、胸が痛む。
帰宅すると、夫が珍しく息子の部屋の前に立っていた。
「たくや、父さんも一緒に病院行こう」
「出ていけ!」
物が投げつけられる音。
その夜、夫婦は黙って食事をする。
「愛しているはずなのに…」
和子の呟きに、夫は答えられない。
週末、親の会に参加しようと誘ってみたが、
「めんどくさい」と夫は断った。
息子の部屋の前で立ち止まる和子。
「受け入れなきゃいけないのは分かってる。でも…」
続く言葉が見つからない。
愛しているのに受け入れられない。
分かっているのに変えられない。
焦れば焦るほど、距離は広がっていく。
夜中、和子は一人で泣く。
明日も、同じ日々が続くのだろう。
引き受けたいのに、引き受けられない。
それが、この家族の現実だった。
