~追い詰められる家族の記録~
夕暮れ、浩一は会社の同僚から送られてきたLINEを見つめていた。
「息子さんの就職、まだですか?」
31歳の息子・たくやの部屋から、いつものようにゲーム音が漏れてくる。
「たくや!」
思わず大声で呼びかけてしまう。
「今日、ハローワークに行ってみないか?」
返事はない。ただゲーム音が大きくなるだけ。
妻の和子が心配そうな顔で覗き込む。
「また、そんな強い口調で…」
「黙ってろ!お前が甘やかすから…」
息子が引きこもって10年。
「やってみよう」と声をかけるたびに、家族の空気は重くなる。
朝、和子が息子の部屋の前に求人情報を置いていく。
夜には破り捨てられていた。
「少しずつでいいから、前に進もう」
そう言った和子に、息子は初めて声を荒げた。
「うるさい!何もわかってない!」
浩一は休日、パソコンスクールのパンフレットを持ち帰った。
「これなら、家でもできるぞ」
息子の部屋のドアの下から滑り込ませる。
次の日、パンフレットは細かく刻まれ、廊下に散らばっていた。
「やってみようよ」という言葉は、息子を追い詰めるだけ。
分かっているはずなのに、言葉が出てしまう。
和子のパート先での会話。
「うちの息子も昔、少し引きこもってたの。でも、アルバイトから始めて…」
その話を聞くたび、和子は息子を責めてしまう。
「他の子は頑張ってるのに!」
「比べないで!」
息子の叫び声が、家中に響く。
ある日、浩一は息子の部屋の前で立ち止まる。
中から聞こえてくる、かすかな啜り泣き。
声をかけようとして、言葉が詰まる。
夜中、和子は息子の幼い頃のアルバムを見ている。
「あの頃は、何でも『やってみる!』って言ってたのに…」
涙が写真を濡らす。
家族会議は、いつも同じ展開。
「このままじゃダメだ」
「でも、焦らせちゃ…」
「じゃあ、どうすればいい!」
押しつける「やってみよう」。
拒絶される「やってみよう」。
その繰り返しで、家族の絆は擦り切れていく。
浩一の机の引き出しには、様々な職業訓練のパンフレット。
声をかけるタイミングを、永遠に探している。
和子は毎晩、日記に書く。
「今日も、何もできなかった」
強すぎる期待。
重すぎる「やってみよう」。
それが、この家族の重荷になっている。
息子の閉ざされた部屋の前で、
今日も家族は、言葉を失う。
