――声をかけることが、怖くなったときに――
何を言っても、間違いになる気がした。
励ますのも違う。
何も言わないのも冷たい気がする。
「こういうとき、なんて声をかければいいんだろう」
そう考えているうちに、
結局、何も言えなくなっていた。
以前は、
とりあえず何か言っていた気がする。
「大丈夫?」
「少しは外に出たら?」
「いつかは動かなきゃね」
今思えば、
あれは余計だったかもしれない。
傷つけていたかもしれない。
そう気づいてから、
今度は逆に、
言葉が出てこなくなった。
間違えたくない、という気持ち
正しい関わりを探し始めたのは、
無関心になったからではありません。
むしろ逆です。
・もう傷つけたくない
・これ以上、関係を悪くしたくない
・ちゃんと考えてから言いたい
そう思うほど、
言葉は重くなっていきます。
ネットで調べる。
本を読む。
専門家の言葉に触れる。
「これはNG」
「こう言うべきではない」
そんな情報を集めるほど、
何も言わないことが、
一番安全に思えてくる。
沈黙は、愛情の裏返しだった
声をかけない自分を、
「冷たい親だ」
「放っておいているだけだ」
と責めてしまう人もいます。
でも、
その沈黙の奥には、
とても強い緊張があります。
・間違えたくない
・また関係を壊したくない
・自分の言葉で、何かが決まってしまうのが怖い
だから、
何も言わない。
それは、
無関心ではなく、
過剰な責任感から生まれる沈黙です。
「正しい関わり」は、関係を止めることがある
ここで一つ、
とても大事なことがあります。
正しさを優先しすぎると、
関係は止まります。
なぜなら、
正しさを探している間、
人は「今ここ」にいられなくなるから。
・正解かどうか
・将来につながるか
・間違っていないか
そう考えていると、
目の前の相手ではなく、
頭の中の基準を見てしまう。
その空気は、
言葉がなくても、
相手に伝わります。
「様子を見られている」
「評価されている」
そんな感覚だけが残ることもあります。
何も言えなくなったとき、見てほしい視点
アウトリーチでは、
「何も言えなくなった」状態を、
悪いことだとは考えません。
それは、
立ち止まっているサインだからです。
・急がせたくない
・操作したくない
・自分の不安をぶつけたくない
そう思って、
一度ブレーキを踏んでいる。
ただ、
そのブレーキを踏みっぱなしにすると、
今度は関係が硬直します。
だから大切なのは、
「何を言うか」ではなく、
どこから言おうとしているかです。
その言葉は、誰のための言葉か
声をかけようとしたとき、
こんなふうに自分に問いかけてみてください。
・この言葉は、子どものためか
・それとも、自分の不安を下げるためか
もし、
「自分の不安のためだな」
と気づいたら、
無理に言わなくていい。
逆に、
「何も言わないことで、
距離を保とうとしているな」
と気づいたら、
短くてもいい。
正しくなくてもいい。
「今日は寒いね」
「ごはん、ここに置いておくね」
それだけで、
関係は続きます。
正しい言葉より、関係が続く言葉を
正しい関わりを探しすぎると、
言葉は減ります。
でも、
関係は、
言葉がゼロになると痩せていきます。
アウトリーチが大切にしているのは、
正解の言葉ではなく、
関係が切れない言葉です。
それは、
とても地味で、
とても短くて、
意味のないような言葉かもしれません。
でも、
「ここにいるよ」
という合図にはなります。
最後に
正しい関わりを探しすぎて、
何も言えなくなった。
それは、
間違えない親になろうとした結果です。
でも、
親に求められているのは、
正しさではありません。
立ち位置の正直さです。
不安なときは、不安なまま。
分からないときは、分からないまま。
それでも関係を切らない。
それが、アウトリーチの考える関わり方です。

