30歳の啓介は、引きこもり生活を始めてから10年が経過していた。両親の徹と由紀は、家で彼と暮らしながらもどうすればいいのかわからず、彼に特別な配慮をし続けていた。特に、食事の際には前もって啓介の好きなものを準備し、部屋に運ぶことが常となっていた。
ある日の昼下がり、啓介の部屋のドアの前で由紀は、いつものように「啓介、食事ができたわよ」と声をかけた。しかし、彼からの返事はなかった。由紀は「また、声をかけるのが面倒なのかしら」と思いながら、彼のために用意した食事を部屋に運んだ。
「せっかくだから、私の作ったものを食べさせてあげないと」と、由紀の心には子どもの世話をする親としての思いが身近にあった。しかし、啓介は特別扱いされ続けることで、自分を受け入れられないままでいた。彼の心の中には、罪悪感と自己嫌悪が溜まり続けていた。
徹も仕事が忙しかったため、気軽に啓介に声をかけることができず、通常通りの生活を送っていた。ただ家に帰り、おかずを差し入れるだけで、彼の心を理解することを避けていた。やがて、啓介はますます孤立し、親との距離はさらに広がっていった。
ある日、由紀が気づいた。自分たちの行動が逆効果になっており、啓介がまったく外に出られなくなっている可能性があるということに。彼女は自分たちの特別扱いの結果が、自立を妨げる原因になっていたと受け入れた。しかし、長年の習慣がこびりついており、彼女も徹も変わることができなかった。
啓介の心の距離はますます広がり、両親の愛情を感じることができないまま彼は再び部屋の奥へと閉じこもってしまった。特別扱いしないという選択をしなかったために、親子の間には隙間風が吹くばかり。愛情を示すためではなく、自分の心を閉じ込める結果を生んでしまったのだった。
このように、啓介の孤独は深く、そして彼の家庭はその特別扱いによって、愛情が届かずに終わってしまうのであった。
