健一は31歳の息子で、無職として10年間も家に閉じこもっていた。両親、和美と徹の間には会話がなく、まるで重い雲が家庭を覆っているようだった。長い間、和美は息子に何とか自立してほしいと願っていたが、その接し方が悪化していたのかもしれない。

和美は常に「仕事を探すべきだ」と健一に言い続けていたが、彼の反応は日を追うごとに冷たくなっていく。何度も「あなたにはできる」と励ますが、健一は「できないことはできない」と諦めてしまった。それを聞くたびに、和美の胸は痛み、不安感が増していくのだった。

ある日、和美は友人と交わした雑談の中で「手出し口出しせず、見守ること」が解決策だと聞いた。そこで和美は、自らもやってみる決意を固めたものの、実際にはそれを実践することはできなかった。反対に、自分の期待を健一に押し付けることが続き、彼の心にますます蓋をしてしまった。

徹もまた、仕事から帰宅すると話題に出さず、家庭内の沈黙を貫くことが多くなっていった。「何もできない」と思う健一の姿に対して、父としての無力感を感じながらも、声をかけられないままでいた。互いに心の距離が広がる中、家庭の雰囲気はますます閉塞感を増していた。

そんなある日、和美が健一の部屋のドアを叩き「出ておいで」と呼びかけたが、彼からの反応はなく、ただ静寂が広がっているだけだった。「どうして出てこないの!」と心の中で叫びたくなる。無言の抗議が忍び寄る中、和美は彼を強引に引きずり出すこともできず、嫌悪感と焦りだけが募っていった。

「何とかしなければならない」と焦る和美の心は、結果として健一との関係をますます悪化させる要因となった。結局、どちらも「それでいい」という言葉を理解できず、「この状況が永遠に続くのではないか」と考えるばかりであった。

こうして、和美と徹の家庭は、「手出し口出しせずに見守る」という可能性を手放し、ただ見えない壁に向かって努力を続けるだけの状況へと進んで行った。健一が心を開く日が来ることを信じたかったが、蓋をされた心はますます硬化していくばかりだった。