自分たちだけでは無理かもしれない、と感じたとき

これまで、
いろいろやってきた。

声をかける時期を考えたり、
距離を取ってみたり、
情報を集めたり、
見守る時間をつくったり。

何もしてこなかったわけではない。

むしろ、
できることは一通りやってきた、
そう感じている人のほうが多いと思います。


それでも、
ある日ふと、
こんな気持ちが浮かんでくる。

「もう、自分たちだけでは無理かもしれない」

この言葉が頭に浮かんだとき、
多くの人は、
同時に別の感情も抱きます。


それは、
申し訳なさや、
情けなさ、
あるいは、
負けたような感覚。

「親なのに」
「家族なのに」
「もっとできるはずなのに」

そんな言葉が、
自分に向かって飛んでくる。


だから、この感覚を
できるだけ考えないようにする。

まだ早い、
もう少し様子を見よう、
きっと何とかなる。

そうやって、
心の奥に押し込める。


でも、
「自分たちだけでは無理かもしれない」
という感覚は、
簡単には消えません。

夜、
一人になったとき。
何気ない一言をきっかけに。
将来の話が頭をよぎったとき。

ふいに、
顔を出します。


ここで大事なことがあります。

この感覚は、
諦めのサインではありません。


諦めとは、
何も考えなくなること。

関心がなくなること。

でも、
「無理かもしれない」と感じる人は、
まだ考えています。

どうにかしたい。
何か方法はないか。
少しでも良くならないか。

そう思っているからこそ、
この言葉が出てくる。


つまり、
これは、
限界を感じ始めたサインです。


限界を感じる、
というと、
悪いことのように聞こえるかもしれません。

でも、
人にはそれぞれ、
抱えられる量があります。

どれだけ大事な存在でも、
どれだけ思いが強くても、
一人で抱えられる量には限りがある。


限界を感じるのは、
弱いからではありません。

ここまで、
一人で抱えてきたからです。


この段階に来ると、
よくあるのが、
「もう少し頑張れば何とかなるはず」
という考え。

これも、
自然な反応です。


でも、
ここで無理を重ねると、
別のところに影響が出てきます。

体調を崩す。
気持ちが荒れる。
家族関係がギクシャクする。


それは、
誰かが悪いわけではありません。

抱えすぎただけです。


「自分たちだけでは無理かもしれない」
と感じたときに、
大切なのは、
すぐに答えを出すことではありません。


相談するかどうか。
支援を使うかどうか。
今すぐ決めなくていい。


まず必要なのは、
この感覚を否定しないことです。

「そんなこと思っちゃダメだ」
「まだ頑張れるはずだ」

そうやって打ち消すと、
余計に苦しくなります。


この感覚は、
あなたがここまでやってきた証拠です。

そして、
次の段階に進むための
入口でもあります。


この段階で、
よくある誤解があります。

それは、
「支援を使う=任せきりにする」
というイメージ。


実際には、
そうではありません。

支援を使うというのは、
丸投げすることではなく、
視点を増やすことです。


自分たちだけで見ていた景色に、
別の角度が加わる。

今まで気づかなかった選択肢が、
見えてくる。


でも、
その前に、
一つ整理しておきたいことがあります。


「無理かもしれない」と感じたとき、
多くの人は、
自分を責めます。

でも、
本当に無理なのは、
あなた自身ではありません。


無理になっているのは、
状況のほうです。


環境。
条件。
支えの少なさ。

そういったものが重なって、
一人で抱えるには、
大きくなりすぎただけ。


ここを取り違えると、
「自分がダメだから」
という話になってしまいます。

そうではありません。


今日は、
「自分たちだけでは無理かもしれない」
と感じたこと自体を、
ひとつの事実として
受け取ってみてください。

評価もしない。
結論も出さない。


その感覚に気づいたことが、
次につながる準備になります。


次回は、
「今、動き方を決められない理由がある」
という話をします。

決められない状態が、
どういう状況なのか。

その中身を、
もう少し具体的に見ていきます。

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