不安があるから、準備の話が怖くなる

準備したほうがいい。
頭では、わかっている。

将来のことも、
親亡き後のことも、
一度は整理したほうがいい。

そう思いながら、
資料を開く手が止まる。

役所の話。
制度の話。
もしもの話。

どれも、
必要なことだとわかっているのに、
どうしても気が重くなる。


準備の話が怖くなるのは、
怠けているからではありません。

現実を見たくないから、
でもありません。

多くの場合、
不安が強すぎるからです。


不安がある状態で準備を考えると、
頭の中で、
一気に先まで進んでしまいます。

ここを調べたら、
次はこれも必要で、
結局、どうにもならないんじゃないか。

そんな想像が、
止まらなくなる。

だから、
準備の話そのものを、
避けたくなる。


準備をすると、
何かを決めなきゃいけない気がする。

一度調べたら、
もう後戻りできない気がする。

そう感じる人も多いと思います。

でも、
準備=決断
ではありません。


本当は、
「知る」ことと
「決める」ことは別です。

けれど不安が強いと、
その二つが、
一緒に見えてしまう。

だから、
準備の話が怖くなる。


準備を避けてきた自分を、
責めなくていい。

怖かった。
それだけです。

不安があるまま、
正面から向き合うのは、
誰にとっても簡単ではありません。


今日は、
準備を進めなくていい。

何かを調べなくてもいい。
結論を出さなくてもいい。

ただ、
「不安があるから、怖かった」
そう気づくだけでいい。


問いを一つだけ置いて終わります。

準備の話を避けてきたのは、どんな不安があったからでしょうか。

言葉にできなくてもいい。
考えがまとまらなくてもいい。

怖さがあることに気づけたら、
それだけで、
一歩分、十分です。

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